Review – Valence (LINE) – 2012 – hatena

Valence on LINE  054 – 2012
i8uが本人名義のアルバムをLINEからリリースした。これが実に清冽で美しい音響作品であった。

レーベルのインフォメーションによると「原子価結合と分子軌道の二つの量子理論と、彼女が作
曲する時の精神状態や作曲方法との思いがけない類似にインスパイアされて制作」したという。

つまり科学と感性による音響生成を目指したということだろうか。実際、その音響はほとんどが
フィールドレコーディングされた音響を素材とされており、世界により生成された音を科学者の
ようにサウンドを転換しながらも、その繊細な音響は、静謐な音響を求める心のように、とても
柔らかな質感で持続/生成しているように感じたのだ。サイエンスとフィジカルが全く矛盾する
ことなく、ごく当たり前に、澄み切った空気や水のように鳴っているかのように。1曲の微かな持
続。2曲目のピアノの透明な響き。3曲目の生命のような高音。どれもオーガニック/マシニック
な響きが素晴らしい。

個人的には、どこかジョン・ケージの晩年の作品ナンバーピース・シリーズを聴いているような
気分にもなった。微かな音の持続。濁りのない清冽な響き。空間と空気に溶け込むミニマルにし
て複雑な音響。それは小さく、しかし、豊穣で揺らぎに満ちた音響の持続。

近年のLINEは(特に昨年12k傘下から離れて以降の)は本作のような弱音響の作品を、音だけの
サウンドインスタレーションとして私たちが提供してくれるような気さえする。極めて稀なレ
ベルといえるだろう。

ともあれ、現在のような状況において、このような小さな音のアルバムは非常に稀ではないか。
小さな音を聴くには、iPhoneやiPodでリスニングには向かないからだ。むしろ自宅で静かに流し
ながら、音楽のある空間で過ごすことに適している。音楽に向き合う時間を作るという意味で
は、とても「贅沢」な作品ではないだろうか。